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DO YOU REMEMBER ME?

人は、1度巡りあった人と二度と別れることはできない――

これは、『パイロットフィッシュ』という小説の、書き出しの文章。

共に親密な時間を過ごした人。
たとえ何らかの理由でその人と別れたとしても、
人生において二度と出会わないとしても、
その人は僕らの記憶の中に居座りつづける。
共に過ごした時間の中で、
その人が取っていた行動、発した言葉、
そしてそれらの根底にあった
モノの考え方なんかを、僕らは忘れない。
忘れるどころか、むしろ、
意図的にしろ無意図的にしろ、思い出してしまう。
そして記憶の底から浮かび上がってきた
そういう要素は、
何らかの形で絶えず僕らに影響を与え続ける。

だから、たとえ誰かと別れたとしても、
その人が記憶の中にいて、
僕らに影響を与え続けているという意味で、
「別れ」てはいないのだということになる。

『パイロットフィッシュ』の根底にあるのはそんな考え方だ。

なるほどなあ、と思った。
別れても記憶の中でずっと一緒にいるから――、
絶対忘れないから――、
だから、別れたことになんてならない――
以前から僕の中に
ボンヤリと存在していたような考え方でもあり、
いざ直面してみると、
使い古された考え方のような気がしなくもなかった。
『パイロットフィッシュ』はそういう――
別れたけれど、別れていない
――事態に直面した、中年男性の物語だった。
けれど、この物語の中では、
「一度出会った人とは別れられない」ということについて、
最終的な是非が出されていないように思った。
まあ、別にそれは良いんだけど。
別れられないことによって、
つまり記憶の中に「誰か」がいることによって、
自分にとって良い影響もあるし、
悪い影響もあるということを、
この物語は教えてくれた気がするから。
是非は僕らの側で出せばいい。

突然話は変わるけど、
僕はかなり久々に会った友人に対しても、
それほど感動的なリアクションはしない。
(いや、できないのかな)。
「お、久しぶりぃ」くらいの言葉で
再会の挨拶は終わりである。
これに対する一種の言い訳として、
上に書いた
「別れたけれど別れていない」理論が当てはまる。
(いや、敢えて当てはめます:笑)。

どういうことかというと、
そう、
僕の記憶の中に
彼ら友人たちは居座り続けているのである。
小学校以来の幼馴染みなんかだったらなおのこと、
忘れたくても忘れられない。何かの折に絶対思い出す。
そういう意味で、
僕は彼らに、ことあるごとに記憶の中で会っていることになる。
だから、
久々に会ってもあんまり久しぶりじゃないような気がして、
「お、久しぶりぃ」ってな言葉しか出てこない――
ってのは都合の良い解釈かな。

でもその考え方でいくと、
現実世界でも会ってないし、
記憶の中でもほとんど出会わない、
例えば「高校時代クラスメイトだったけど、
でも交流はほとんどなかった」って
そんな感じの人に偶然会ったとき、
僕はどういう反応をするんだろう?
「おぉぉぉ! 久しぶりぃぃぃ!」って言うのだろうか。
いやー、どうかな。
多分、多分だけど、
「ん、誰だっけ?」とか言うだろうな・・・。
っていうかそんなシチュエーションだったら、
向こうだって僕に気づくはずないか。

いつかどこかですれ違っても、
かつて出会っていたことにお互いが気づかない――

そういう状況を「別れた」って言うのかもしれない。
いや、
「一度出会った人とは別れられない」って考えでいくと、
すれ違っても気づかない関係ってのは
「もともと出会ってなかった」って言う方が相応しいのかな。

じゃあ、人との「出会い」、
あるいは「巡り合い」っていったい何なのだろう。
例え二度と会わなくなっても、
記憶の底から何かの拍子にポッコリ浮かび上がってきて、
良くも悪くも自分に影響を与えてくれる――
一歩通行的に、あるいはお互いに、
そういう関係になることを「出会った」、
あるいは「巡り合った」と言うんだろうか。
だとしたら、
僕は今までにいくつの「出会い」をしてきたことになるんだろう。
言い換えれば、
僕はいったい何人の人と出会ってきたことになるのだろう。
「僕」はいったい、
記憶の中の「誰」に影響を受けてきたのだろう。
そして逆に、
誰にどんな影響を与えてきたんだろう。
『パイロットフィッシュ』を読み終えてから数日が経ち、
今僕は、ぼんやりとそんなことを考える。

答えはすぐに見つかりそうもない。

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参考文献:
大崎善生 『パイロットフィッシュ』 2001 角川書店
*第23回吉川英治文学新人賞受賞作

2002/05/05(最終修正日:2002/05/15)
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