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晴天(ブルー)から暗闇(ブラック)へ。

音楽を好んで聴いてると、
あらゆる体験が音楽と無関係ではなくなってくる。
たとえばテレビのCMを見てても、
商品より先にまず使用されている曲に注意がいったり、
映画を観てて、フト自分の好みの音楽がかかると、
何気に耳を奪われてしまったり。
小説に出てくるあるシーンを
「ああこのシーンはあの歌で歌われてるシーンに似てるなあ」とか、
思ってしまったりすることがある。

でも、その逆もあったりする。
音楽を聴いて映像や物語を思い出すこと。
特に具体性のある歌詞なんかを聴くと、
パアッと記憶が広がることがある。
いつかどこかで、記憶に留めた情報が、
フト浮かびあがってくることがある。

急にこんなことを書くのは、
だいぶ前にある曲を聴いて、ある話を思い出したからです。
阿刀田高さんが
『恐怖コレクション』というエッセイ集を書いておられるんですが、
その中のエッセイの1つを思い出したんです。
『恐怖コレクション』の中で書かれているのは、
阿刀田さんが自身の小説のタネになさっているような、
日々の暮らしの中で感じるさり気ない「ブラック」です。
恐怖とは微妙に違います。
「人生の皮肉」と言いますか。小さな「闇」です。
ときには小さくないんですが。

阿刀田さんが学生時代、
肺結核でとある療養所に入院してらっしゃったときの話です。
同じ病室に、1人の青年が入院してたんですね。
その青年の病状も、阿刀田さんと同じく肺結核でした。
当時はすでに良薬のストレプトマイシン等も発見されていたようで、
もはや肺結核は、命の心配をするような、深刻な病気ではなかったようです。

で、その青年には彼女がいたんですね。
毎日毎日青年の見舞いに来て、
楽しそうに話して、帰っていく。
日曜日には、手作り弁当を持ってやって来たそうです。
午後の安静時間は面会はできませんが、
その間彼女は談話室で独り時間をつぶし、
夜の面会時間になると、また青年のもとへとやって来たそうです。
そして面会時間の終わるギリギリまで、二人で話し込んでいたそうです。
まあ要するに俗っぽく言うと青年と彼女は「ラブラブ」だったわけです。

そんなある日、
阿刀田さんと青年は医師から手術の薦めを受けます。
肺切除の手術です。
これを受ければもう安心、肺結核が完治する。
阿刀田さんは経済的な理由からやむをえず手術を断りますが、
青年は手術を受けることを承諾し、外科病棟へと移ります。

手術当日、
阿刀田さんと青年の彼女は、
手術室の前に並んで、中に入っていく青年を見送ります。
手術前の不安を取り除くために精神高揚剤を服用した青年は、
妙に上機嫌で、笑いながら二人に手を振ったそうです。

当時の肺切除の手術が危険性を孕んだものだったのかどうか、
それは分りません。
ただ、成功した方もだいぶいらしたようなので、
青年の手術の失敗は、病院側の落ち度だったのかもしれないそうです。
青年は手術中に息を引き取り、帰らぬ人になってしまいます。

彼女の悲しみは相当なものだったようで、
青年が息を引き取った手術室の前から離れようとせず、
最終バスが出た後も、
消灯時間になっても、
ずっとずっと、泣きくれていたそうです。

…………

そんなことがあってから半年ほど経った頃、
阿刀田さんは外泊許可をもらい、街へ出ます。
そして電車に乗っているときに、何たる偶然なんでしょう、 彼女と出くわします。
いや、正確に言うと見かけたんです。
彼女は、男性と一緒にいたそうです。楽しそうに笑って。
傍から見て、
彼女とその男性が恋人関係であることは間違いなかったようです。
阿刀田さんと彼女は目があったそうですが、
向こうは気づく様子もなかったそうです。

彼女の笑顔の明るさ。
そこに阿刀田さんは“怖さ”を感じ、
当時彼女はいなかったものの、
“簡単には死ねないなあ”と思ったそうです。

もちろん、彼女の心の中は誰にも分りません。
青年のことを忘れたいがための、
必死な“明るさ”だったのかもしれません。

まあ僕がアレコレ言えるような話でもありませんし、
ただこんな話があったなあと、フト思い出しただけなんですが……。

さて、
僕が上の話を思い出した曲、
それが何だったのかという話ですが。
コールター・オブ・ザ・ディーパーズの
『ノー・サンキュー』というアルバムの2曲目、
“GOOD MORNING”という曲があります。
その歌詞を聴いてて、思い出したんですね。
アルバムのテーマは「LOVE+DEATH+POP」。
轟音ギターの壁を飛び越えて、
ナラサキさんのエンジェルボイスが歌ったんです――

朝、目が覚めてフト横を見る
もう君はいないのに
朝日がとても とてもまぶしくって
思い出す君のやさしさ

いつものように服を着替えて
支度をして街に出る
何が足りてて 何が足りないの?
そんなことも気づかぬまま

朝、目が覚めてフト横を見るよ
もう君はいないのに
君が死んだ時もうだめかと思った
でも今は忘れかけてる



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参考文献:
阿刀田高 1985 『恐怖コレクション』 新潮文庫


2002/06/28(最終修正日:2003/05/16)
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