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結論から言うと、僕は就職できなかった。
いろいろゴチャゴチャした理由は
挙げていけばキリがないのだけど、
結論だけはハッキリしている。

「就職できなかった」

というわけで僕は生まれ故郷の山梨へと帰ってきた。
今後のことについていろいろ計画はあるんだけど、
しばらくは実家でお金を稼ぐことになりそうだ。
「取りあえず帰って来い」という親の言葉に対して、
意地を張って茨城に居つづけることも可能だったけど、
最終的に帰る決意をしたのはなぜだろう。
親にはさからえない、ということだろうか。
我ながら、親には頭の上がらない人間なのかもしれない。
「親の恩は返せない」というけれど、
そんな言葉が僕の頭をよぎったのか。
なんて、言ってみたり。

実家に帰ってきた僕は、
今は千葉に在住している兄が
以前使っていた部屋に住むことになった。
二階の部屋だ。
もともと僕には自分の部屋と呼べるものがなかった。
寝たりテレビを見たりパソコンをいじったりできる、
そんなスペースはあったけれど、
そこは障子をへだてたすぐ隣は親の部屋だった。
プライバシーが守られているとは言い難かった。

家のすぐ前は線路だ。中央線が走っている。
電車が通ると、電話で話している相手の声が聞こえなくなる。
警報機が鳴って、電車が近づくたびに、
「チョット待って」と話し相手に告げる。
慣れればどうってことないかもしれないけれど、少し面倒だ。

幼い頃には、線路に面した我が家の塀(へい)の上に座って、
線路を走る電車を無意味に眺めていたりもした。
だからって別に、電車を見て名前が言えるようになるほどの
強い興味を電車に持つようにはならなかった。
どちらかというと、
電車の中に乗っている人を見るのが好きだった。
もちろんかなりの速度で走っているから、
人相が分るほどしっかり見えることはまずなかった。
だけどそれでも僕は電車そのものよりも、
中に乗っている人の方を一生懸命見ようとしていた記憶がある。
夜に眺める電車は、車内に煌々と明りが点いていて、
そこには確かに僕がいる側、生活している側とは、
違う空間が存在しているように思えた。
真っ暗に静まり返った田舎の夜の中を、
けたたましく駆け抜けていく、冷たい光を放つ部屋。
電車になど乗ったことのない幼い僕は、
そんな見知らぬ空間に存在している人びと、つまり乗客のことが
もの珍しかったのかもしれない。

昔も今も、この時期になると、二階の窓からは田んぼが見える。
ちょうど線路の向こう側、視界の左右に広がる感じで存在している。
もっとも今は、昔は田んぼだった土地の半分が、
画一的で個性のない家屋で埋まってしまっている。
そのせいか、
昔はこの時期にはにぎやかに聞こえてきていたカエルの鳴き声が、
少しおとなしくなったように感じられる。
昔とは注意を向ける対象が変わっただけかもしれないけど、
最近はカエルの声だけでなく、姿を見かけることも少なくなった。
子供のとき、友人の兄がカエルの尻に爆竹を突っ込んで、
それに火をつけて、カエルが弾けとぶ様を見たけれど
今の子供もやはりそんな遊びをしているのだろうか。

兄の部屋には、兄が持っていたマンガが残されていた。
僕がかつて読ませてもらったものもあり、記憶に新しいものもある。
それらのページをめくると、
そのマンガを読んでいた当時の自分が、
ヒョッコリと心の中に出てきたりする。
眠れないときはよくこのマンガを読んだなとか、
このマンガの話で誰それと盛り上がったなとか、
そんな類のことを思い出したりした。
そして、昔はあんなに笑えたマンガが、
今は笑えなかったりもした。

実家には、昔を思い出させるものが多い。
そしてその多くは、
今の僕が昔とは少し変わったことを、僕自身に認識させる。
昔の僕と今の僕が、この場所であいさつを交わすのだけど、
そのあいさつは、どこかぎこちない。
昔の僕はあんまり長いこと表面に出てなかったものだから、
少しさびついていて、ギクシャクしているのかもしれない。
あるいはその逆、今の僕がさびついていて、
昔の僕とすんなり握手できないのかもしれない。

自分でも定かではないけれど、
「今」というのは、大学以降のことだろう。
「昔」というのは、それ以前のことだと思う。
実家に帰ってきた僕は、
とにかく忘れていたことをたくさん思い出した。
それは「懐かしい」とは違う感じだった。
「今」の僕はただ客観的に、
実家で毎日を過ごしていた頃の、
「昔」の僕を見つめるだけだった。

少しずつ過去と現在がつながっていくような、そんなイメージ。
実家ってのは不思議な場所だ。

…………。

ちょくちょく帰ってきてはいたけれど、
本格的に実家で暮らすのは六年ぶりか…。

うーむ…。

また、本棚のマンガでも手にとって読んでみようかな。

2003/06/01
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