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花とアリス - Hana and Alice -

目に映るすべてのものが、
視界に飛び込んできた瞬間に、
光輝いて、美しく見える。
何気ない一瞬が、
僕の中で時を止めて、
意味を与えられるのを待っている。

岩井俊二(いわい・しゅんじ)監督の作品、
『花とアリス』を見た直後から、
僕は世界をそんな風に受け止められるようになった。

とても綺麗な映画だった。
それはパンフレットでリリー・フランキーさんが言っているような、
「すね毛感がない」という意味でもあり、
素直に映像が美しいという意味でもある。

高校生になったばかりの荒井花(ハナ:鈴木杏)が
中学校の終わりから想いを寄せていたのは宮本雅志(郭智博)。
ハナは彼と同じ落語研究会に入り、
帰り道には下手くそな尾行で後をつけるぞっこんぶり。
宮本がシャッターに頭をぶつけて倒れたとき、
ハナはとっさに宮本にあるウソをつき、そこからすべてが始まる。


「先輩、私に告白したこと覚えてますか?」


もちろん宮本は覚えておらず、
彼はハナから「記憶喪失ですよ」と断定される。
告白したはずの宮本と、告白されたはずのハナ。
2人はどうにかこうにか「付き合い」始める。
だがひょんなことから、
ハナは宮本に写真を見られてしまう。
自分が中学時代にストーカーみたく撮り溜めていた宮本の写真を。
そこでハナはまたとっさにウソをつく。


「これは有栖川徹子って子がやったんですよ」


ハナは親友の有栖川(アリス:蒼井優)を、
宮本の元カノだということにしてしまう。
そして、この写真は、アリスからハナへのいやがらせなのだと説明する。
アリスは、自分から宮本を奪ったハナへ、
こんなストーカーまがいの写真を送りつけて恐喝してきたのだと。
(なんてすごい女の子でしょうかハナは![笑]
 一途にもほどがある![笑])

ハナから一芝居打つことを頼まれたアリスは、
教室まで自分に会いに来た宮本を、
素人臭い芝居で激しく拒絶する。
もう別れたんだから関わらないで、みたいな。

しかしこのアリスに会ったあたりから、
宮本の気持ちがどうもグラグラしだして…、
ハナとアリスと宮本の間で、
ホントに微妙な三角関係ができあがってしまうのだ。

ハナから宮本への気持ちは明らかなのだが、
一方アリスから宮本へ向かっては
いったいどういう気持ちが流れているのかが、
はっきりした形で描かれない。
アリスは親友のハナのために
必死に宮本の「元カノ」を演じ、
2人の思い出話を作り上げ、宮本に話して聞かせたりする。
「覚えてる?」、「思い出すなあ」と、イタズラっぽく話すのだ。
その時点では単にウソをつくことを楽しんでいるようにも見える。

しかしそんなアリスも、宮本から「恋心」を打ち明けられ、
そして宮本の「記憶喪失」自体が、ハナのウソであることを知ったとき、
つまり宮本がハナに告白などしていないことを知ったとき、
どこかで、何かが変わったのかもしれない。

この辺りの揺らめきが非常に良い。
決してアリスは表面的にとまどったりしない。
「やばいじゃんハナ!まーくん(宮本)、アタシにホの字だよ!やばいじゃん!」
みたいに、茶目っ気たっぷりにハナを応援するのだ。

けれど、このときアリスの中で、決定的な何かが起きたのだと、僕は思う。

だからこそ、ハナが宮本にとってのアリスを
完全に過去のもの(“元”カノ)にしようと企んで、
3人で訪れた海で、アリスの気持ちは1つの沸点を向かえるのだ。

アリスの両親は離婚、もしくは実質的に離婚しているようだ。
父と母は一緒に暮らしておらず、自分は母親と一緒に暮らしている。
しかし父親とはたまに会っているようで、
入学祝の万年筆をもらったり、ウナギを食べたり、庭園を散歩したりする。
父親は、ベンチでアリスに、トランプを使った手品を見せて、
アリスはそこで、昔海で父親とトランプをしたことを思い出す。
アリスは一度も父親を自分の口で呼ばない。
父親は神社の境内で、高校の授業を冷やかしたりする。
微分・積分(びぶん・せきぶん)の無意味さをぼやいてみたり、
漢文に「レ点」や「返り点」をつけて強引に読むよりも、
中国語の文体で、発音で、そのまま教えてくれりゃあ、
あとあと仕事で大分役たったのにと、これまたぼやく。
そして娘(アリス)に、
中国語で「I love you」を何と言うか、知ってるかと聞いてくる。
アリスは答えを聞いても、さしたる関心も示さない。
せっかくだから高校の制服で来れば良かったのにと言う父親を、
最近になってメールを覚えた父親を、「いやらしい」と言ったりする。
僕はてっきりアリスは父親を好いていないのだと思った。
しかしこれは間違いだろう。
アリスは父親との別れ際、電車のドアが閉まる前に、
(劇中で)初めて「パパ」と呼びかける。
そして中国語の「I love you」をもう一度聞く。
そして彼女は言う。
父親に。
中国語で。

「愛してる」と。

日本語ではなく、中国語で言うところに、
アリスの、父親に対する照れくささと、不器用さがにじむ。
アリスは自己表現が苦手なのかもしれない。
大好きな父親と会っても、素直にはしゃげなかったのかもしれない。
芸能事務所にスカウトされたアリスは、
オーディションにも参加するが、自分を上手く表現できず失敗を繰り返す。

そんな中、3人で訪れた海。
ここはきっと、アリスが父親と来た海なのだろう。
思い出の場所。
そんな場所で、ハナはアリスに、自作のセリフを読ませる。
今付き合っている宮本とハナは幸せなのだと、
何とかして宮本に思わせるために(小手先だけど、可愛らしい)。
アリスは白けた感じで、
それでもハキハキと、セリフを読み上げる。ハナのために。
宮本はハナに告白などしておらず、
宮本はアリスのことを好きなのに、
宮本を好きなハナのために、アリスはセリフを読むのだ。

だが自分の気持ち、
アリス自身の気持ちはどこへいったのだろうか?

アリスは砂浜で、トランプを使った手品を見せる。
トランプは風に飛ばされ、3人は散り散りに追いかける。
ふいに、
「ゲームをしよう」というアリス。
「先にハートのAを見つけた人が勝ち」というゲーム。
ハナは乗り気になり、3人は探し始めるが…
カードを見つけたのはアリスだった…。
アリスは勝者としての名乗りをあげ、
真顔でハナに命令する。

「今日からまーくんはアタシのもの。
 ハナはまーくんと別れて」

ハナはビックリ仰天し
(このときの杏ちゃんの演技、好きです:笑)、
アリスは直後に冗談めかすが、
ハナの怒りはおさまらず、アリスを突き飛ばす。
アリスも負けずにハナに立ち向かい、
親友の2人は砂浜で取っ組み合う。

きっとあれは冗談ではなく
本心だったのだと誰もが思うだろう。僕も思う。

ハナとアリスはバレエを習っている。
それまで不登校・引きこもりで
家の窓から外ばかり眺めていたハナを、
バレエに誘ったのは他ならぬアリスだった。
ハナがそんな子供だったというのがまず信じられないが、
なるほど彼女の行動は衝動的であり、
それは彼女が理性で感情を制御して、
世界に立ち向かうのが苦手ということかもしれない。
ハナが宮本への恋に見せる、あのねじれた積極性は、
強すぎる内向性が見つけた、外側への1つの突破口なのかもしれない。
そんなハナと、
決して健全な家庭環境ではなく、
自己表現が上手そうで上手くない、
いつだって自分の素直な感情を殺してしまうアリスは、
そんな2人だからこそ、親友になれたのかもしれない。
お互いへの憧れ、みたいな。
しかし憧れる一方で、妬んだりする。
いわゆる「思春期」にはよくあるような気がする。
親友なんだけど、どこか嫉妬に通じる気持ちがある、あの感じ。
自分のできないことができてしまう親友に対して、
憧れる一方で、強い悔しさがある。
そこに恋(三角関係)なんかが絡んだ日には、
とんでもなく複雑な心境になる。
素直に応援したい気持ちと、
自分の世界から消えて欲しい気持ちとが、交互に顔を出す。
だけど悩んでもどうにもならないから、
自分の得意分野(勉強とか運動とか)で頑張っちゃたりして、
そのモヤモヤを消そうとする。ある種の昇華。
でも、恋心は消えていかないときもある。

親友との激突。
これを機会にハナとアリスの気持ちはまた動き出し、
それと共に物語はクライマックスへ向かっていく。

アリスはふとした失敗から、
宮本に「記憶喪失」がウソだと知られてしまう。
アリスが元カノではないことも、
自分からハナに告白などしていないことも、宮本は知る。
全部ウソだったのかと宮本はアリスに詰めより、
「じゃあアレは?」とたずねる。
「ハナはまーくんと別れて」と言った、あれもウソなのかと。
さらに宮本は、あのときアリスは
ハートのAを見つけていないはずだと、指摘する。
なぜならハートのAを拾ったのは自分だからと。
宮本がそのカードをアリスに見せると、
アリスは「ホントにあの海で見つけたのか」と確認し、
その直後に、顔を覆って号泣する。

宮本が見つけたあのカードは、
父親と海で遊んだときに、見つけられなかったカードだろう。
これはおそらく間違いない。
ここから先は僕の想像でしかないが、
ひょっとしたら、アリスは父親と2人ではなく、
家族3人で海に行っていたのかもしれない。
そしてひょっとしたら、それは最後の家族旅行だったのかもしれない。
そんな旅行だから、砂浜でアリスはなんとかカードを見つけて、
両親に命令したかったのかもしれない。
「別れるな」と。
しかし願いはかなわなかった。
カードは見つけられず、大好きな2人は別れてしまった。
そして、大好きな2人の別れがどれほど悲しいことか、
アリスは身をもって知ったのだ。
それなのに、今回アリスはせっかくカードを見つけたにも関わらず、
大好きな2人(ハナと宮本)に「別れろ」と命令してしまった。
その後悔と、父親と母親の別れを思い出したり、その他にも
色んな気持ちがあって、アリスはあそこで泣いたのかもしれない。
そして彼女は決意するのだ。「ハナと宮本を応援する」と。
彼女はカードを宮本に託し、これを引出しかどこかに入れておいて、
ふと何かの拍子に見つけたときに、自分を思い出して欲しいと、そう告げる。
宮本は「毎日見つけるよ」と言うが、アリスは立ち去ってしまう。
中国語で「I love you」、「また会いましょう」と、告げて…
(このシーンは泣けました)。

そのころハナもまた、決意をする。
花の溢れる家の窓から外ばかり見ていた毎日。
近所の子供から花やしきと呼ばれていた自分の家。
そこから連れ出してくれたアリス。
閉じていた世界を切り開いてくれたアリス。
それを、フトしたきっかけで思い出すのだ。
学園祭の日、彼女は落語研究会の一員として舞台に上がる。
その袖で、彼女は宮本とバッタリ会い、着物の帯を結んでもらう。
そこで彼女はついに、自身の口から、
「すべてがウソ」であったことを告げる。
そして、すべてウソであるからこそ、
宮本がアリスを想う気持ちは、
「元カノ」への恋心の再燃などではなく、
正真正銘本物であると言い、
アリスはいいやつだから、よろしく頼むと、
顔をクシャクシャにして泣きながら言うのだ。
そう、ハナは親友アリスのために、身を引く決意をするのだ。
なんと自分の気持ちを押し殺して…。

果たしてハナのこの告白に対して、
宮本がどんなリアクションを取るのか、
そしてハナとアリスがどうなるのか、それだけはここには書きません(笑)。

僕はここまで、ひどく説明的に書いてきたけれども、
劇中はものすごく説明が淡い。
感覚的というか。見る側に任せるというか。それが良い。
だいたい僕らの日々の行動だって、
全てつじつまがあっているわけではないし、
いちいち意味付けなど行っていない。
だから、良くも悪くも日々は「流れて」いる感覚がある。
この映画もそうなのだ。
「日常」と、その淡々とした流れを、はげしく感じる。
「日常」のエピソードの積み重ねが、
そのまま物語と成り得るような、その感覚。
たまに「阿部寛」さんとか、「大沢たかお」さんとか、
「広末涼子」とか出てくると、
急に映画を観ている気になってしまうのはしようがないけど、
それでも作品の全体像は当然揺るぎはしない。


駅、桜、花、緑葉、海、制服、雨、
夏祭り、映画館、学園祭、手漕ぎボート…etc.。


そういったすべての要素が、日常的であると同時に、
しかし猛烈に光り輝いて僕の眼に映ったのは、なぜなのだろう。
これは岩井監督が作る映画の魔法なんだろうか。それとも思春期の魔法か。

とにかく『花とアリス』を観た直後から、
眼に映る光景が以前よりも眩しくなった。
これはほんのしばらくのことかもしれないけれど、
僕はこの感覚を忘れたくないなあと、思うのです。

余計な話だけれど、
読書好きには2つのタイプがあるという。
ベストセラー小説を読む人と、読まない人。
映画(そして音楽)にも、同じことが言えるだろう。
絶賛されるものばかり観る(聴く)人と、そうでない人。
だが『花とアリス』は、どちらのタイプにも薦めたい。
そう思う。
素晴らしかったです。
その辺にありそうで、なさそうで、
誰もが体験していそうで、いなさそうな、
ほんのりビターでスウィートな、
思春期の1コマを切り取った、絶妙なファンタジー。

そんな「花とアリス」の公式ホームページは、
現在は閉鎖されているようですが、
DVDを出しているアミューズソフト内にある、
「花とアリス」ページはこちら


(Photo from 「Photoげのむ」
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参考文献

2004. 『花とアリス』. 東宝出版・商品事業室.

2004/04/02(最終修正日:2007/09/19)
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