■Occasional ThoughtsのTopへ


いとうせいこう『MESS/AGE』における韻(あるいは「母音の連なり」)についての調査

- はじめに -

ココに示すのは、いこうせいこう『MESS/AGE』における
韻の抽出を独自に試みたものである。

ことのきっかけは、言うまでもない。作品を聴いたのが、きっかけである。

いとうせいこう & ヤン冨田プロデュースで89年にリリースされ、
当初わずか5000枚限定で発売された本作は、廃盤後にその評価を高め、
95年に再リリースされた。異論はあるだろうが、ある側面からは、今もって、
日本語ヒップホップの祖との呼び声が高い作品だ。

僕(※1度論文調で“筆者”というような書き方をしたが、
そこまで硬くするのもナニかと思い、“僕”を使うことにした)のような
比較的若い世代には、TV番組『虎の門』における活躍が印象的な
いとうせいこう氏であるけれども、そこにおける「言葉」をメインにすえた
コンテンツ作り、あれはこの『MESS/AGE』を作ったせいこう氏だからこそ、
できることなのだと、そう思った。


僕はヒップホップに造詣が深い者ではない。
だがしかし、『MESS/AGE』にたびたび寄せられる賛辞に、
興味は深まるばかりであった。
『MESS/AGE』について、主に取り沙汰されるのは、
その偏執狂的な韻の踏み方、である
(ちなみに、いとうせいこう氏の音楽的作品としては他に、
『業界くん物語』、『建設的』、『OLEDESM』などがあり、
『OLEDESM』にいたっては、『MESS/AGE』よりも、
言葉の実験性において高度になっているそうだ)。
『MESS/AGE』には、「福韻書」という
作品中で意図的に踏まれた韻を示す付録がついている。
これを見るだけでも、作中で数多くの韻が踏まれていることが分かるのであるが、
しかしながら、全曲中で意図的に踏まれた脚韻がまとめて掲載されているが故に、
各曲単位での韻がここからでは分かりにくい。
また、ブックレットにせいこう氏が寄せた文章を見ると、

『抽出された脚韻以外にも、頭韻などを意識して書かれた詩、
 メッセージを同じ韻の中に埋め込んでかくした詩、さまざまな工夫があるが
 ここには記さなかった』
(『MESS/AGE』内、福音書より)

とある。
これには興味を引かれた。隠されたものを探し出すのはエキサイティングだ。
それに、どれほど偏執的かも、
各曲中でどのように韻が踏まれているかを見ることで、
はっきり視覚的にも確かめたい。

ということで、今回の韻の調査が始まった。


- 韻についての素人的説明 -

一口に韻といっても、ひとつの研究領域として「脚韻」というものがあるように、
その世界は決して単純ではない。そこで、『MESS/AGE』をより深く楽しむためにも、
自分自身のためにも、ここで少し整理してみる。
以下では、ネット上で公開されている
木村哲也(2001)氏の『日本語による脚韻の踏み方』を参考――
(なかば引用ですいません)しながら、韻について触れ、その後、
ここで調査した韻についての説明に入りたい。
先に断っておきたいのは、僕がまるで韻について素人である、という点である。
この稿を書くにあたっての文献研究というものは、およそしていないに等しい。
つまり、(これは後にも度々持ち出す言葉だと思うが)
こういった韻についての文章を書くには僕は大分知識が足りていない。
したがって、以下の韻についての説明(および考え方)には、
研究者等の韻についての専門家から見たら、間違い(あるいは不適切、非主流)
と思われる箇所もあることと思う。必ずしも、以下に書かれている
韻の説明(考え方)がどこにおいても通用するものではないことを、
予めここに断っておく。掘り下げず、簡単なものにとどめる説明にしろ、
このような知識不足で韻についての文章を書くことは、
いろいろな意味で非常に危険なことであるが、あくまでこの稿の核は、
『MESS/AGE』内において僕が韻だと判断したものを示すことなのである。

さて、前置きが長くなったが、まず韻としては、
単純韻、複合韻、二重韻、文法韻がある。

単純韻というのは、「つた」と「あさ」といったような語の間で踏まれている韻を指す。
「た」と「さ」は両方とも母音が「あ」である。
このような母音一字のみの重なりで踏まれた韻が、単純韻である。
少し考えれば分かるように、作ろうと思えば膨大な数が作れるであろう。
木村氏は上記の著においては、この単純韻は、
日本語としては韻の価値をなさないとしている。

複合韻というのは、「たな」と「すな」といったような語の間で踏まれている韻を指す。
子音「な」およびその母音である「あ」が重なっている。
このような一母音一子音の重なりが複合韻である。
また、「かい」と「るい」といったように、子音のない、母音のみ(この場合は「い」)
の重なりも、複合韻とみなされる。
「ふん」と「あん」といったような「ん」のみの重なりも同様である。

二重韻というのは、「はし」と「かし」といったような語の間で踏まれている韻を指す。
「は」と「か」の母音である「あ」と、
子音「し」およびその母音である「い」が重なっている。
ニ母音一子音の重なりである。
これも先の複合韻と同様に、「さい」と「かい」といったように
最後の母音(この場合は「い」)が重なっていて、
なおかつ「さ」と「か」といったように
前者の母音が重なっている(ここでは「あ」)場合も、二重韻とみなされる。

文法韻というのは、
「文法的な一致が理由で末尾が揃っている語」の間で踏まれる韻である。
わかりやすいものを挙げれば、
形容詞の「さびしい」と「かなしい」の「しい」である。
形容動詞は判断が難しいので僕には書けないが、
たとえば動詞では連体形(文字通り「体言」に「連なる」活用形。
「走るネコ」の「走る」など。体言とは、自立語で活用がなく、主語になりうる語) は、
「る」や「く」、「す」といったように母音が「ウ」で終わるのが当然なので、
「歌う」、「ためらう」、「まよう」、「なく」、「かわく」など、
多くの韻が存在することになる。一致するのが当然であるからして、
簡単に踏める韻であり、その価値は低いかもしれないが、韻には違いない。

もうひとつ、これは厳密には韻に含まれるのかどうか僕には分からないが、
同語反復というものがある。これは端的に言えば
「ネコに」と「イヌに」の「に」である。
「一万」と「百万」の「万」もこれに属するだろう。
不勉強故、脚韻研究家の間での判断は存じないが、
あくまで僕としてはこれは韻には値しないと思っている。

このように、一口に韻といってもその捉え方はさまざまであり、
また各韻に対する評価もまた異なったものである。
特に文法韻については、その基準が明確でないために、
判断(文法韻かどうか)および評価(文法韻だとしても許容できるかどうか)が
分かれるようである。

さらに、韻で重要視されるものには、こういった「韻の種類」のみならず、
行の長さや韻を踏む単位がある。ここには特に書かないが、
必ず意識されるものであるようなので、覚えておいていただきたい。


- 今回の韻の抽出、およびその表記について -

だいぶ長くなってしまったが、
ここからは今回の『MESS/AGE』における韻の話に入りたい。

まず、ここに示す韻は、大きく二つに分かれる。
(1)「福韻書」内に示されている、
   いとうせいこう氏が意識して韻を踏んだとされる言葉、
そして、
(2)僕が独自に「韻」だと判断して、
  抽出した言葉、以上の2つである。

いきなりくだけた言い方になるが、
「そんな、せいこうさんが示した以外の韻なんか抽出したって意味ねえよ。
 ってかそんなの韻じゃねえよ」と思う人もいるだろうが、
そこはそれ、別に不利益にはならないだろうから、目を瞑っていただきたい。
またこれを示した理由として、先に書いたように、各曲単位で、
その中でどんな韻がどのように踏まれているのかを
一目見て分かるようにしたかった、というものがある。
「福韻書」を見ながら『MESS/AGE』を聴いても、
どことどこで韻が踏まれているのかを各曲単位で把握することは難しかったからだ。

もし僕が抽出した韻(のようなもの)に興味がない場合、
今回掲載する韻においては、
上述の(1)の韻と(2)の韻(あるいは、そのようなもの)を
区別して掲載しているので、
(1)のせいこう氏が作った韻にだけ注意を向けて読むことも、可能であろう。

そしてできることならば、『MESS/AGE』を聴きながら、読んでいただきたい。
頭の中が広がっていく感覚を味わえることだろう。
いや、この文章になど興味がなくてもよいから、
『MESS/AGE』は聴いた方がよい。
面白いから。
89年当時の『MESS/AGE』にせいこう氏が寄せた言葉の一部を、
ここに引用しよう――

『私は宣言する。君の口座に今3,300円あるか?
 あるなら即座に引き出したまえ!!』

(ちなみに95年版は2,300円)。

準備はいいだろうか?

次に、今回抽出した韻の表記についてだが、
まず基本的にブックレットに掲載されている歌詞を、
ひらがなに変換して掲載した。韻をわかりやすくするためである。
ただし英語に関しては、アルファベットで表記したあと、
その後ろの( )内にひらがなで読みを表記した
(部分的にカタカナの箇所があるが、それは僕のミスだ)。
また、せいこう氏は、
「表記上の母音よりも発音上の母音を重視することで多くの韻を踏む」という、
ひとつのテクニックを用いているので、ひらがな表記の際にも、
それにならって発音上の表記を採用した(ただしその表記は主観によっているので、
せいこう氏が意図したものとは異なる可能性がある)。
なお、ひらがなで表記できない「ヴ」を含む語については、
例外的にカタカナで表記した。また、ひらがなに変換した歌詞を、
特に文節で区切ったり、品詞でわけたりという作業は行っていない。

ひらがな表記した歌詞の下の行、【 】に、歌詞に対応する形で母音を抽出した。
したがって必然的に、【 】内には母音「あ」、「い」、「う」、「え」、「お」
しか並ばないことになる(厳密には、「ん」や「っ」も含まれる)。

抽出した母音のうち、
韻を踏んでいる語(もしくは踏んでいると思しき語)は、
まず赤字で示し、
さらにその中で、網かけ、下線斜体にすることによって、
韻のグループ分けを行った。
韻がそれ以上に及ぶ場合は、青字で示し、
さらにその中で、先と同じように、
網かけ、下線斜体にすることによって、
韻のグループ分けを行った。
また、せいこう氏が「福韻書」の中で示した韻以外は、
太字で示すこととした。
頭韻についても以上と同じように示した。
だが、歌詞の1ライン中で、出だしの言葉と、
末尾の言葉で韻が踏まれていると思しき場合、両者を同じグループ内に分類した。

なお、歌詞は適宜いくつかのブロック(Block)に分けられている。
これは視覚的に「韻」を分かりやすくするための考慮であった。
各曲単位とはいえ、1曲の歌詞中に含まれる全ての韻を一度に示すと、
グループがあまりに数多くなってしまい、曲を聴きながら歌詞を追う際に、
その妨げになると判断し、今回の韻の抽出は、
なるだけ韻を損なわないようにブロック分けを行った後、そのブロック単位で行った。
したがって、ここに示した以外にも韻があるかもしれない(ないかな?)ので、
興味がある方は探してみるのも面白いと思う。
そのことに関連して付け加えておくと、せいこう氏が言うところの
「メッセージを同じ韻の中に埋め込んで隠した詩」は、
僕には確信をもって「これだ」と言えるものが見つけられなかったので、
今回は特に言及していない。疑わしきものはいくつかあったが、
確信するまでにはいたらなかった。それを探してみるのも面白いと思う。

最後に、僕が独自の判断で抽出した韻についてだが、
今回は対象が音楽であることから、あくまでメロディに乗ったときの語の響き
(聴こえ方、語感のようなもの)を重視することとし、
先に示した同語反復とみられるものでも、韻としているものがある。
また、行の長さや韻を踏む単位については、特に意識せず、行が離れていても、
単位が長くても、韻を踏んでいると判断した語(もちろん主観によっている)は、
とにかく抽出してみた。僕自身、強引、こじつけだと思う部分もあるけれど、
けれどここは楽しむのが最優先ということで、
敢えて「同じ母音」にこだわって抜き出してみた。
しかしながら、先に示した単純韻、複合韻――
一母音、および一母音一子音の重なりは、抜き出していない。
「福韻書」には基本的に二母音で踏まれる韻が示されていることから、
一音で踏まれる単純韻、複合韻は、
あったとしてもそれほど数がないように思えるし、
それよりも他の韻を優先的に抜き出した方が有益であると判断した。
ここで抜き出した韻を先にあげた種類で示すなら、
「二重韻」、「文法韻」、そして例外的ながら「同語反復」、
ということになるだろうか。

僕が怠惰であるせいか、それとも情熱が足りぬのか、
残念ながら、ここで示した韻についての考察(その傾向や、
どういった韻が多いのか、少ないのかといったような)は、
いっさい行っていない。いつか機会があれば試みたいとは思うが、
今回はあくまで韻を「見てみただけ」である(それでも大分疲れたよ)。


下に示すのが、今回韻(というよりも、もはやここまでくると、
「韻」よりも「同じ母音の連なり」と言った方が的確であろう)の抽出を行った
『MESS/AGE』収録曲へのリンクである。
インストゥルメンタルである、“THEME OF ASTRO NATION”、
“ASTRO GROOVE”はもちろん掲載していない。
また、“エッ・アッ・オー”は、タイトルどおりそのまま
「えっ」、「あっ」、「おー」の韻を踏んでいるのは
一目(聴)瞭然なので、割愛した。
また、“噂だけの世紀末”は一見(あくまで一見)したところ、
まことに勝手ながら、
韻を踏んでいると判断できる部分がすぐには見当たらなかったので、
これも今回は割愛した。
もし今後また機会があれば、調査してみたい。
それから“WHAT'S GOING ON 〜 WHAT'S GOING?”における途中の英語詩も、
これは挿入とみなし、母音を調べることは行っていない。

※※断り書き※※
※以下でリンクされているのはいずれもWordで作成した
HTMLファイルであるので、お手元のPCの都合によっては、
正常に表示されない場合があることを予めご了承ください。

※ここまでを読まずに、いきなり下のリンクを開いても、
何のこっちゃ見方が分からないと思いますので、少なくとも、
- 今回の韻の抽出、およびその表記について -』(←clickすると飛びます)
のパラグラフだけでも読んでください。


『MESS/AGE』各曲へのリンク (clickすると別ウィンドウで開きます)
01.MESS/AGE
02.TO THE MAX
03.FIBER JUNGLE STRUGGLE
04.マイク一本
05.HAPPY SYNDROME
06.SPOOKY TOWN
07.LOVE ONE PIECE
08.トロイの木馬
09.DADA MUFFIN
10.FAKE FAKE FAMILY
11.VERBALIEN
12.WHAT'S GOING ON 〜 WHAT'S GOING?
13.MESSAGE


-----------------------------------------------
参考文献
 藤井直樹(文・構成) ミズモトアキラ,モリタタダシ(取材) 2005 いとうせいこう全仕事 1979-2005 「日本語と表現」をめぐって 森山裕之(編) Quick Japan, 61, 90-105. 太田出版

参考電子資料
 木村哲也 2001 『日本語による脚韻の踏み方』 URL:http://gabacho.reto.jp/j-rhyme/rhyme-method.html

 日本語脚韻研究室 URL:http://gabacho.reto.jp/j-rhyme/


2005/10/08
▲このページのTopへ ■Occasional ThoughtsのTopへ



welcome to my world.