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シルバー事件を追想(追走)する。[1/4] ---------------→ page#2#3#4


『シルバー事件』は僕の最も好きなゲームの1つだ。
『シルバー事件』は1998年にPS用ソフトとして発売された。
発売元はASCII(アスキー)だが、これを作ったのは
grasshopper manufacture(グラスホッパー・マニュファクチュア)という会社である。
UKロックファンのために言っておくと、
この社名はRIDEの「GRASSHOPPER」という曲名からきているらしい。
この会社を立ち上げたのは須田剛一なる人物であり、
彼はスーパーファミコンが全盛の時代に、
HUMAN(ヒューマン)という会社で
スーパーファイヤープロレスリング(ファイプロ)シリーズを手がけていた。
僕はファイプロシリーズも4作連続で遊んできたので、
知らず知らずに彼のエキスの入った作品を遊んでいたことになる。
特にマスク・ド・パンサーとダイナミック・キッドのテーマ曲は、
当時の僕のお気に入りだった。今でも好きだが。

そのHUMANがPSで発売した作品の中に、
『トワイライトシンドローム』、
そして『ムーンライトシンドローム』がある。
須田さんは『トワイライト〜』では一部、
『ムーンライト〜』では全編に渡って脚本を担当している。 
『トワイライト〜』は、女子高生3人組が主人公となり、
学校や自分たちの住む町で発生する
オカルティックな噂話を解決していくゲームだ。
プレイヤーは時折発生する選択肢の中から
適当なものを選択することで、
話を進めていくことになるが、
選択肢を間違えると、そこにはバッドエンドが待っている。
『トワイライト〜』は探索編と究明編の2編に分けて
発売されているが、特に究明編は選択肢選びが難しく、
適当にボタンさえ押していれば難なく事件を解決できた
探索編に比べ、実に歯ごたえがあった。
選択肢が「いかにも」なものしか用意されておらず、
どれもが正しいように思えるのである。
しかも選択肢選びには時間制限があり、
ゆっくり考えることは許されない。
ときには危機的状況の中で選択を求められることもあり、
この辺が臨場感満点で実にドキドキした。

『ムーンライト〜』は
『トワイライト〜』の正式な続編だと思うけれど、
話の内容はまったく異質と言っていいほどに違っている。
何しろ1回プレイしただけでは、
脚本が何が何やらサッパリ分らない。
お膳立てめいた説明がまったくと言っていいほど、ない。
シナリオ中に登場する人物たちの関係性がよく分らない。
おまけに言っている台詞がみんなして小難しい。
1人1人の行動の動機が謎。
1つの謎を抱えたまま、また新たな謎に直面し、
そしてそこにまた別の謎が投下される。

謎、謎、とにかく謎。
ときにはデヴィッド・リンチ監督の作品が思い起こされる。

この作品には、
ゲーム的な要素がまったくと言っていいほど、ない。
プレイヤーのやることは、
ひたすらボタンを押してストーリーをすすめるだけ。
画面にテキストが出たり、
登場人物が音声で会話したりしながら、話は進む。
ときたま分岐点があるが、
そこでの選択が物語の展開を変えることはない。

要するにこの作品は「表現」を楽しむものなのだろう。
謎に満ちたその世界観。映画のような凝った演出。
監督・脚本を手がけた須田剛一さんの、
比類なく混沌とした世界観が容赦なく叩きつけられる。
『ムーンライト〜』の主人公、
岸井ミカは『トワイライト〜』の3人組の一員だ。
いつも噂(怪談)を嗅ぎつけては、
その噂の渦中に皆を巻き込み、
迷惑をかけてきたミカ。
『ムーンライト〜』の中では、そんなミカに制裁が下される。
ここでは、『トワイライト〜』のような
確固とした筋書きがない。
というか見出せない。
あまりに混沌としていて、
『トワイライト〜』を期待していると、
肩透かしを食らう。
10のシナリオからなる1本の物語なのであるが、
どれもがミステリアスで狂気に満ちている。
話が進んでいくと、
1つの新興住宅地が徐々に
「狂って」いく様が分かる。怖い。

登場人物たちの、
くんづほぐれつの関係性がまたすごい。
誰の思惑がどんな状況を生み出しているのか、
それを把握するだけで一苦労なのだ。

恋人である崋山キョウコと、その弟(崋山リョウ)、
彼らの間にある「愛」に嫉妬する男(冬葉スミオ)。

キョウコが死んだ後、
彼女と瓜二つの容姿を持つミカに惹かれる、リョウ。

そしてかつての恋人リョウが
友人のミカに惹かれていくことに嫉妬する、
スミオの妹(冬葉ルミ)。

しかしルミはまた、実の兄であるスミオを愛してもいた。

さらにミカは、ルミの兄であり、
キョウコの恋人でもある、
冬葉スミオと付き合っていた。

――こんな関係性、把握できますか?
しかも誰が誰に愛情持ってるだとか、嫉妬してるだとか、
そんなことは本編中で露骨に表現されない。
他所で見聞きして「ああそうだったのか」と分るくらいだ。 

こんなように
それぞれの思考が交錯するところに、
超自然的な存在までもが絡んでくる。

「超自然な存在」。
白髪の少年がそれだ。
大友克洋さんの「アキラ」の
イメージの下に作られたそのルックス。
坊ちゃん刈りで、クリクリした瞳で、陶器のような肌で、
半そで半ズボンを身につけ、
かわいらしい声でしゃべるその少年。
ゲーム中ではいっさい明らかにされないが、
彼の正体は契約の神、「ミトラ」。

誰かが何かを強く願い、
その思いに引かれてやってきたミトラ、
僕はそんな解釈をしている。
彼は、願いをかなえてやる代わりに、
その代償を、いちいち奪っていく。

『ムーンライト〜』の物語におけるすべての発端は、
スミオが「キョウコとリョウの別れ」を望んだこと。
僕はそう思う。

ミトラはそれをかなえ、
スミオは代償にその命を奪われる。
それも、かつて自分が遊んで捨てた女の子に、
無理心中を強いられるカタチで、命を落とす。

スミオは炎に巻かれながら、
笑いながら、死んでいく。

そしてリョウとキョウコとの別れは、
キョウコの事故死という形でやってくる。
(この事故現場から報道されるニュースをミカが見ていると、
なんと画面には不鮮明ながらミトラとスミオが
映り込んでいる!この演出にはドキリとする。)

スミオによってキョウコの死を
間接的に(キョウコの首というカタチで)
知らされた瞬間、リョウは気を失う。

ここからリョウの内的革命が幕を開ける。
キョウコの死に関係したスミオ、彼は死してなお、
リョウの心に居座りつづける。
「ある種の固執」。

この後に出現する時間軸のずれには頭を捻る。
リョウはスミオからキョウコの死を間接的に知らされた後、
なんとキョウコから電話を受けている。
そしてそこで初めて、姉であるキョウコの死を認識する。

おそらく現実的には、
登場人物の死の順番は、
1.キョウコ、2.スミオとなっている。
だから、リョウがキョウコからの
電話を受けているのは、おかしいことになる。
時間軸がずれている。
これについて須田さんは、
 『人の死を認識する重みを、
 時間の長さという感覚で表している』
と言う。

要するにキョウコの死を認識するために
もっとも時間を要したのはリョウだったということだ。
だから彼はもっとも長く彼女の「生」を感じ、
実際にはキョウコが死んだあとも、
彼女から電話を受けることができた。
リョウにとってのキョウコはその時点まで
存在していたということなのかもしれない。
そして『夢題』というシナリオの最後で、
「キョウコと電話で話す」という行為を経て、
初めて彼女の死を認識することができたと、
そういうことかもしれない。

キョウコの死の認識後、リョウは、
キョウコと瓜二つの岸井ミカと出会う。
今までいたずらに噂を追い求め、
他人を不幸に巻き込んできたミカ、
リョウが彼女を許すことが、
キョウコの死を乗り越えることになるのだろうか。

ミカとリョウに執拗につきまとうミトラ。
果たして彼のねらいは何なのか?
それが僕には判然としないまま、
ストーリーはクライマックスを迎える。

須田さんは『ムーンライトシンドローム』を
以下のような物語だと考えていると、そう語っている――

 『リョウの精神的革命と同じ状況が街全体で起こったら…、
 街に点在する人人が、同時多発的に内的革命を起こしていったら…。
 それを極端なまでに脚色していった現実的な物語だと考えています』
(宮内浩美ほか. 1997)

学校から次々と消える女子生徒。
高層団地の屋上からの集団ダイヴ。
街に溢れる不審な人人。ストーカー。

日常の中に、狂気の発端は隠れているのだと、
誰がいつ、狂気を振りまいてもおかしくないのだと、
そんな気にさせられる。
そしてまた、人はいつ、自分との対決を迫られるか、分らない、
そんな気にもさせられる。

僕が購入したPSベストの『ムーンライトシンドローム』、
その帯にはこんな文句が書かれている――

「月の光に魅せられて、人の心は狂気に満ちる。」

そしてHUMANは後にゲーム業界から撤退。
須田さんはグラスホッパーを立ち上げる。
前置きが長くなった。
そこで作られた作品が『シルバー事件』なのだ――


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参考文献

宮内浩美・土田章晴・曽我真志・雨谷美穂・高山邦雄(企画・編集)
 宮本崇(イラスト) ヒューマン株式会社(監修・協力)
 1997 『ムーンライトシンドローム 深層案内』 小学館


2003/12/27(最終修正日:2006/10/25)
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