2002年5月某日。
HOTWIRED JAPANに興味深い記事が掲載されていた――
『デジタル音楽から秘密の画像が浮かび上がる』
(↑click:註‐現在リンク先は削除されている[2007年9月16日現在])
――というものである。
記事を読んでみると、
エイフェックス・ツインの「ウィンドリッカー」の中に
画像情報が含まれている。そんな内容だった。
そして記事からのリンク先では
実際に発見された画像が公開されていた。
もともとはこの画像を見つけたのは
『ケイオス・マシン』(Chaos Machine)という電子音楽家だったようで、
彼は「ウィンドリッカ―」の音楽データを
メディアプレーヤーの『ウィアアンプ』で再生中にこの画像を発見したそう。
『ケイオス・マシン』は当初この画像を
「悪魔的な怪物の笑顔」だと思い込んだようだが、
後に別の人物の手によって、
この映像はエイフェックス・ツイン自身、つまりは
リチャード・D・ジェイムスの笑顔であることが確認される。
「リチャードは自分自身の笑顔を音楽に埋め込んでいた」。
そういうことになる。
さて、ここまで読んでくると、
どうやったら音楽から映像が現われるのか?
そんな疑問が出てくるかもしれないが、
その答えには順を追ってたどりつこう。
僕がこの記事で一番関心を持った部分は、
リチャードがどうやって
この画像情報を音楽に埋め込んだのか、
その手法についてだった。
今まで彼の作曲手法については
あまり明らかにされてきていなかったように思う。
もちろん、他のアーティスト、あるいはバンドについて考えてみても
作曲手法を公表してなんかいない。そんなことする必要だってない。
いいとこインタヴュー等でチラと答えている、そんな程度だろう。
ちょっと話が逸れるけれども、
テクノについて「作曲」という概念が当てはまるのかどうか、
正直僕にはよくわからない。
エイフェクス・ツインの『セレクテッド・アンビエント・ワークス,VOL.�供戞�
このライナーノーツで佐々木敦さんはこう書いている――
『デトロイト・テクノや一部のハウスなどのように、
シンセの手弾きによって実際に「演奏」という要素が介在するものはともかく、
一般にテクノと呼ばれる音楽の場合、
機材をいじって出てきた音の選択と調整という要素が、
作曲行為の根幹を占めている。
もちろん、頭の中で思い浮かべた音をリアライズするために
機材の助けを借りるというイマジネイティヴな部分も確実にあるわけだが、
音作りのための各種機材によって
可能なことには常に限界が設けられている以上、
それはやはり、
テクノロジーによって条件付けされているわけである。
しかし、にもかかわらず、機材との格闘のなかで、
その人間にしか出せない独創的な音が現われてくることがある。
それはある意味では、
あらかじめ装填された可能性を掘り起こすことでしかないのかもしれないが、
逆に言えばそれこそが、
テクノにおけるクリエイティヴィティの追求のあり方だと考えられるのである』
――枠は決まっているんだけども、絵柄の決まっていないパズル、
その条件下でどんなピースを使って、どんな絵柄を完成させるか、
それがテクノミュージックにおける「作曲」、そういうことだろうか。
話を元に戻そう。
エイフェックス・ツイン=リチャード・D・ジェイムズの話に。
リチャードは少しばかり特別な人だったりする。
91年、最盛期を越えたレイヴシーンに
踊りを拒絶したアシッド志向の「ディジェリドゥ」でもって
鉄槌をくだし、メディアから「天才」とレッテルを貼られ、
変名を使い分け次々と曲を発表するその姿からは
「テクノ・モーツァルト」という肩書きを頂戴し、
数々のロックバンドの楽曲のリミックスを通じて見せる
その破天荒ぶりに与えられた評価は「音楽を小馬鹿にしている」。
「天才とナントカは紙一重」という言葉を地でいっている、
僕はそう思う。
そんな彼についてだからこそ、
どうやって音を作ってるのか?という疑問がわいてくる。
先に触れた記事には、
リチャードが「MetaSynth」という
マッキントッシュ専用のアプリケーションを使って作曲を行っていると、
そう書かれていた。
「MetaSynth」は米U&I社の製品で、
日本では
hookup社(←click)が販売を行っている。
どんなアプリケーションなのか手っ取り早くいうと
「映像からサウンドを生成する」もののようである。
アプリケーション上でペイントで絵を描き、
それをダイレクトにサウンドに変換したり、
あるいは写真や絵のファイルを読み込んで、
それをサウンドにしてしまえる。
使用者が機械を使っての作曲作業に精通している必要はなく、
マウス操作さえできればOKだと、紹介文にはそう書いてある。
僕はこの存在をはじめて知ったのだが、
かなり画期的なアプリケーションのように思える。
例の記事によると、
抽象的な画像を取り込んだ場合には意味ありげな音が生成され、
スキャンした写真のような具体的な画像を取り込んだ場合には、
「金属的で耳障りなノイズ」になる場合が多いそう。
そしてそのようにして「MetaSynth」で作曲された曲、
これを音響スペクトログラフ・ソフトウェアで再生すると
写真であれ絵であれ、サウンドの元になった画像が再現される。
音響スペクトログラフ・ソフトウェアというのは、
楽曲の周波数の時間経過に沿った変化をグラフにして表示するもの。
グラフの横軸には時間をとり、縦軸には周波数を取るわけだ。
「MetaSynth」で作曲された曲を再生すると、
その周波数変化が画像を示すことになるというわけだ。
ということは、「MetaSynth」というのは、
画像情報を何らの基準に依って周波数に変換しているということだろうか。
画像中の各部分の彩度や明度とか?
まあそんな細かい推測はいくらやってもキリがないので、
ここで止めておこう。
とにかく、「ウィンドリッカ―」の周波数変化は
「リチャードの顔」になるようである。
ただ、これがリチャードが自分の顔画像を取り込んで
それをそのまま音楽化した、その結果なのかどうかは解らない。
予め自分の手で作成した楽曲の周波数を
スペクトログラフ上でいじることによって、
自分自身の顔を作り上げたのかもしれないからだ。
U&I社の製品責任者は、
「リチャード氏は間違いなくMetaSynthを使っている」
と言っているそうなので、
リチャードが「ウィンドリッカ―」の作成に
「MetaSynth」を利用したのはほぼ間違いないようだ。
実際、リチャードの作る楽曲には金属的な響きを持ったものが数多くあるし、
ひょっとしたらそれらの曲には「MetaSynth」が関わっているのかもしれない。
そんな推測も出来る。
こうして「天才」の作曲手法の一端が
明らかになったわけだけれども、
リチャードが展開しているピアノの独奏や
アンビエントなサウンドを考慮に入れると
彼がすべての曲において「MetaSynth」を利用しているということは
まずないわけであって、
今までの彼の作品全てが
「MetaSynth」の生産物であると決め付けるのは間違いだろう。
それに先に述べたように、
テクノミュージックというのは
条件付の枠の中での闘いを強いられているのだから、
彼が「MetaSynth」という枠、
「映像から音楽を生成する」という枠でもって
テクノミュージックの新たな可能性を追求したことは評価に値するだろう。
しかもサウンドに自分の顔を埋め込むという、
芸術的なのか人を食っているのか解らない精神。
今現在、彼のサウンドスタイルは固定されてしまった感があるけれども、
彼への注意は依然として逸らすわけにはいかない。
また何か新しい枠、あるいはルールを利用して、
僕らがまったく聴いたこともない
「未知」な音楽を提示してくれるかもしれないからだ。
最後に、
今のところ最も新しいアルバム「ドラックス」のライナーノーツから
リチャードのこんな言葉を引用しておく――
「僕の音楽は不思議だと言われてきたが、
全然そんなことはない。
誰もが気づかずに使っているルールを音楽にした、
ただそれだけのものだ」
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